南畑クリエ展で、陶芸のワークショップが行われていました。
それで、じゅくちょーは1000円払って参加してみました。
陶芸初体験でしたが、インストラクターの柳さんが親切に指導してくださいました。1時間以上かかって、なんとかキューボックス用のオブジェができあがりました。プロバンス風のできあがりを想像して1ヶ月後を楽しみにしています。
製作中、ある一人のご老人がやって来て、黙って粘土をこねだして、あっという間に縄文文様の小皿をこしらえて見せてくださいました。
その方こそ、那珂川町が誇る陶芸の指宿先生。もう80代の半ばだそうです。
南畑の匠の方に関わって5年になりましたが、指宿先生はお名前だけで実際にお会いするのは初めてでした。
一言もお声を出されず、黙々とお皿を作られる姿は、生き仏のようでした。貴重なものを拝見させていただきました。
来てよかった〜
月曜日の午後、キューボックスのあるお客さんとお話をしていたら、「陶芸を指宿先生に習っていて、先生には子どものようにかわいがってもらってます」とおっしゃったので驚きました。中央公民館で教えておられるとのことです。時間が許せば習ってみたい気がします。
ちなみにじゅくちょーの作品はこちら。

役場のHPに、指宿先生についての記述がありましたので転載します。
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成竹の静かな山の中にたたずむ「弥生窯」には、知的好奇心をくすぐるものがたくさんある。主の指宿さんが作った抹茶碗や絵皿に流木土器、すす竹で作られた大きな自在鉤や著名な書道家の筆、やじりに土器の破片などもある。物だけではない。彼の話もそうだ。九州大学の考古学の先生と討論をした話、太宰府で三千家がそろって行った献茶会に出席した話、イワタバコやチクシサンショウウオなどの動植物の話、黒田藩の狩場の話。尽きない。
彼は学生のころ、信州八ケ岳で縄文土器と出会った。それが焼き物にぶつかった最初。その後、考古学の仕事などに携わるうちに自らの制作に意欲を持ち窯を開いた。なので、作品には遺跡から出土した器などを模して作ったものも多い。
「縄文土器とは、なんか縁があったとでしょうね。同じ縄文でもこれは水煙土器、それは火炎土器…」。出土する場所から名前の由来まで、また好奇心をくすぐられる話が始まる。
今度の「手・技・アート…」には、縄文土器と弥生土器に絞って出品する予定。「弥生時代になると形もシンプルでしょ。で、縄文土器っていうのは複雑です」と、それぞれの特徴を説明しながら「千年、二千年近く前の人が、よぉくこんなの作ったなと思ってですね」と感心する。「自分で作ってると、自分が楽しい」。ろくろさえも自作する彼は、土器の制作を通して土と語らい、古代の人と会話しているように見える。
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指宿静峰(陶芸・弥生窯)いぶすき せいほう●1940年ごろ、信州松原湖畔で縄文土器に出会う。その後古墳の発掘などに携わるうちに、自らの制作に意欲を持ち、福岡市西区鵜来巣に開窯。その後、成竹に移転。
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それで、じゅくちょーは1000円払って参加してみました。
陶芸初体験でしたが、インストラクターの柳さんが親切に指導してくださいました。1時間以上かかって、なんとかキューボックス用のオブジェができあがりました。プロバンス風のできあがりを想像して1ヶ月後を楽しみにしています。
製作中、ある一人のご老人がやって来て、黙って粘土をこねだして、あっという間に縄文文様の小皿をこしらえて見せてくださいました。
その方こそ、那珂川町が誇る陶芸の指宿先生。もう80代の半ばだそうです。
南畑の匠の方に関わって5年になりましたが、指宿先生はお名前だけで実際にお会いするのは初めてでした。
一言もお声を出されず、黙々とお皿を作られる姿は、生き仏のようでした。貴重なものを拝見させていただきました。
来てよかった〜
月曜日の午後、キューボックスのあるお客さんとお話をしていたら、「陶芸を指宿先生に習っていて、先生には子どものようにかわいがってもらってます」とおっしゃったので驚きました。中央公民館で教えておられるとのことです。時間が許せば習ってみたい気がします。
ちなみにじゅくちょーの作品はこちら。

役場のHPに、指宿先生についての記述がありましたので転載します。
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成竹の静かな山の中にたたずむ「弥生窯」には、知的好奇心をくすぐるものがたくさんある。主の指宿さんが作った抹茶碗や絵皿に流木土器、すす竹で作られた大きな自在鉤や著名な書道家の筆、やじりに土器の破片などもある。物だけではない。彼の話もそうだ。九州大学の考古学の先生と討論をした話、太宰府で三千家がそろって行った献茶会に出席した話、イワタバコやチクシサンショウウオなどの動植物の話、黒田藩の狩場の話。尽きない。
彼は学生のころ、信州八ケ岳で縄文土器と出会った。それが焼き物にぶつかった最初。その後、考古学の仕事などに携わるうちに自らの制作に意欲を持ち窯を開いた。なので、作品には遺跡から出土した器などを模して作ったものも多い。
「縄文土器とは、なんか縁があったとでしょうね。同じ縄文でもこれは水煙土器、それは火炎土器…」。出土する場所から名前の由来まで、また好奇心をくすぐられる話が始まる。
今度の「手・技・アート…」には、縄文土器と弥生土器に絞って出品する予定。「弥生時代になると形もシンプルでしょ。で、縄文土器っていうのは複雑です」と、それぞれの特徴を説明しながら「千年、二千年近く前の人が、よぉくこんなの作ったなと思ってですね」と感心する。「自分で作ってると、自分が楽しい」。ろくろさえも自作する彼は、土器の制作を通して土と語らい、古代の人と会話しているように見える。
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指宿静峰(陶芸・弥生窯)いぶすき せいほう●1940年ごろ、信州松原湖畔で縄文土器に出会う。その後古墳の発掘などに携わるうちに、自らの制作に意欲を持ち、福岡市西区鵜来巣に開窯。その後、成竹に移転。
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那珂川町
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【2006-09-26(Tue) 01:50:31】
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